日本語の
不思議な言い回しのホント意味 |
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24)「たび(足袋)」と「たび(旅)」
なにかごろ合わせのタイトルの様だけど、なかなか意味深長なのだ。
他の似た日本語のもともとの意味もこれから推察できる。
まず、両方の言葉に共通の要素(いつも解説で使う、語彙要素)は「た」である。この場合、「た」は
現代語の「足」のことである。「そんなことあったりまえじゃーん」と云うと思う。
だがな、なぜ「あし」の事を「た」と云うんじゃろ。いいか、英語でもこの「た」に相当する言葉は
「Toe(とう)」。踊ることは、「Dance(だんす)」。ドイツ語では「Tanzen(タンツェン)]
ここからは、「言葉は擬音、擬声語に始まり擬態語で発展する」という原則(哲学)による説明になる。
言葉の発生の時点での記録はない。したがって、蓋然性(「そうかもしらん」という納得)のみが論拠である。
「た」が現代語でいう「あし」を意味する言葉となったいきさつは、こうであろう。
親が子に向かって足にかかわることを教えようとする。
親も子も「あし」と云う言葉を知らない原初の状態で、親はどう説明するか。
足を地面に叩きつけ、指差す。叩きつける音を模して、「たった、たった」と叫びながら。
この時以降、親も子もあしは「た」だと言えば「あし」のことだと認識する。
実は「て」も同じ所以である。「て」の古くからの言い方は「と」ないし「た」である。
両掌を合わせ叩くとき「たっ」と云う音がする。これによる擬音語と考えられる。
ヨーロッパ語族でも「Hand」と云う言葉を用いるが、同じ所以である。
話がそれた。元に戻そう。そのまえに、ここまでの結論を確認する。
「た」は足の裏から足首にかけての身体部位のことである。現代語では「あし(足)」。
腰から先の部分は漢語で「脚」。日本語では「の」という。これについてはまた別の時期に解説しよう。
じゃ、「たび(足袋)」の意味は?
「ひ」と云うのはいろいろな意味がある。
その一つは、「は」とか「ふ」などの延長で、物の表面ないしそれへの作用を意味する言葉を生んでいる。
ここ場合は、「おおうもの(おおふもの)」を意味する。例えばだ、少し発音が異なるけど、
はっぴ(法被): 「おおうもの(覆うもの)」
もんぺ(モンペ):「腿(もも)を覆うもの」
かっぱ(合羽): 「か(身体)を覆うもの」
同じく、
たび(足袋): 「足先を覆うもの」
じゃ、「たび(旅)」の意味は?
「び」は動詞「ぶ」の名詞形だという事は今更説明しなくてもいいかな?
「ぶ」の説明の前に「ふ」の意味を理解セにゃならない。難しそうに言いだしたけど、「ふ」は何度も説
明したが、言葉を作る要素(語彙要素)の一つで、その意味は「ふるまう(振舞う)」と云う言葉に在るよ
うに、簡単にいえば、「行動する、外観を作る」ことを意味する。
「たび(旅)」のもともとの意味は「足を運ぶ」と云う事だとわかる。
ここで、すぐ納得しちゃいけない。なぜ「び」と濁音を用いるのか? 大変重要な事なんだ。
日本語には、
「日常的ではない、努力を伴う行為、所作は、それを強調するために濁音化する」
と云う、くせ(癖、法則)がある。少しだけ例を示そう。
こぐ(漕ぐ)、およぐ(泳ぐ)、またぐ(跨ぐ)・・・
とぶ(飛ぶ)、いぶる(燻る)、あぶる(焙る)・・・
いじる(弄る)、かじる(齧る)、こじる(抉る)、・・・
「たび(旅)」は、これまでの説明からお分かりかと思うけど、足を運ぶことを意味する「たふ」を
を原義にして、「遠く苦労しながら移動する」場合は「たぶ」となった。
芭蕉は「奥の細道」の巻頭で「た(足)ゆと(足)ふ人もまた旅人なり」と記している。「たび」の
解説文であろう。
結論:
「たび(足袋)」は 「あし(足)」を覆うもの。
「たび(旅)」は 「あし(足)」を運ぶこと。
結論より、それに至る解説の根拠が言いたいこと。
以上
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